かまずにのめ!〜片づけコンサルタント伊藤和純のブログ〜

こんまりさん直伝!片づけコンサルタントの伊藤和純のブログ

この空を見上げたら 後編

翌朝、4月8日は、6時頃に目が覚めましたが、しばらくはスマフォを触っていました。

 

枕元に可憐を入れたケージを置いていたので、覗くと寝ています。

 

まさか…、と思い、おなかを見ると呼吸で上下していません…!

 

慌てて、飛び起き、ケージを開けると

既に可憐は固くなっていました…。

 

何が起きているのか、理解できず、

「わたしは、これからどうしたらいいんだ?」

とパニック状態になり、とにかく実家の母に連絡しようと母の携帯電話に何度電話しても出ません。

妹の携帯電話も実家の固定電話にも

電話しましたが誰も出ません…。

 

とっさに朝早くワンちゃんの散歩をされているとお話しされていた、ペットシッターさんのことを思い出し、電話すると出てくださり、事情を話すとすぐメールでペット斎場の情報を教えてくださいました。

 

「最後に可憐に会っていただけませんか?」

 

とお願いするとご快諾いただき、早朝にも関わらず、お越しくださいました。

 

ペットシッターさんに電話した時、私は初めて泣けたのです。

可憐が旅立ったことを初めて認識できたのです。

 

本当に夕べは、歩いていましたし、

少量でしたが、ごはんも食べていました…。

 

ペットシッターさんが帰られた後、

職場に欠勤連絡のメールを出しました。

(始業時間後に電話連絡もしています) 

 

その時のわたしは、

「ずっと可憐と一緒にはいられない」

と思い、教えていただいたペット斎場に

電話しました。

 

ここは送迎してくださるところで、

10時過ぎにお迎えに来ていただくことに。

 

可憐の上に保冷剤を置き、新しいタオルをかけ、身支度をし、可憐との最後の時を過ごしつつ、お迎えの電話を待ちます。

 

送り出す時の服装は、お気に入りの大好きなJEWEL TRASHの黒とグレンチェックのワンピースに決めました。

 

「近くまで来ました」と連絡が来たので、可憐を抱き上げ、

 

「可憐、行くよ」

 

と声をかけると

 

「にゃ」

 

と小さく鳴いたのです…。

 

え…?!

 

可憐はまだ生きているのではないかと

動揺しましたが、そんなはずはありません。

確実に固く冷たくなっています…。

 

抱き上げた時、肺に残っていた空気が

漏れたのでは?と思われる方もいらっしゃると思いますが、わたしは、可憐をケージから出した後に少しの間、可憐を抱いていましたので、そうではないと思います。

 

可憐が鳴いたのは、もしかしたらわたしへのお礼なのかもしれないし、

二度と会えないところへ旅立つ覚悟の

言葉なのかもしれないし、

「おまえ、夕べはよくも閉じ込めたな!」

と言う、わたしに対する文句かもしれません。

 

でも、確かに返事をしたのです。

幻聴でもなく、夢でも空耳でもなく、

本当の話なのです。

 

マンションの階段を慎重に降り、

お迎えに来ていただいた斎場の車に乗りました。

白髪に白い帽子を被った運転士さんに

可憐のことなどを話しながら、

桜の舞い散る街を走り抜けました。

 

斎場では、可憐を白い紙製の箱に安置させさせていただき、可憐へのお礼とお詫びの言葉をかけ、泣きながら屋上の火葬炉へ。

 

可憐を入れた白い箱が火葬炉に入れられ、扉が閉まりました。

 

わたしは、叫びに近い泣き声をあげ、

泣きました…。

人前で恥も外聞もなく泣き叫んだことなんて今まで一度もありませんでした。

 

可憐が戻ってくるまで、待合室でひとり

待つのですが、妹とLINEで話せていたことがその時のわたしには、何よりもありがたかったです。

 

連絡があり、再度屋上へ。

 

火葬炉を開けると白く小さくなった

可憐がそこにはいました。

不思議と涙は出ませんでした。

 

小さな骨壺に職員さんと一緒に可憐の

小さなお骨を拾い入れました。

 

「ここは背骨、ここはしっぽ、ここは爪、ここはのどぼとけだね」

と教えてくださいました。

 

可憐が納まった小さな骨壺は家に帰りついてもまだ暖かったです。

 

今日はこの後、先日の喉の件で内科に行き、夜はライブの予定でした。

 

ライブは、前売りチケットを買ってあったし、親友にも会えるので、行くことにしました。

 

今夜ひとりで部屋にいることは、わたしには、とても耐えられなかったと思います。

 

可憐の寿命を知っている神様がわたしがひとりにならないようにそう仕向けてくれたのだと思っています。

 

内科へ向かう電車の中でわたしに異変が

起き始めます。

 

夕べ、嫌がる可憐をケージに閉じ込めたことを激しく後悔しはじめたのです。

あの時、ケージから出してあげていたら

可憐は好きな場所から旅立てたのに、と…。

 

イヤホンから流れるラジオを聴きながら、気を紛らわせつつ、涙をこらえるのが精一杯でした。

 

午後の診察開始時間にクリニックには、

到着しましたが、平日は土曜日よりも

1時間遅い診察開始であることが分かり、今まで保っていた緊張の糸が切れそうです。

 

でもこのまま約1時間、階段の踊り場で

待つ訳にも行かないので、近くの書店で

時間をつぶすことに。

 

書店で以前もチラ見したことのある

猫の看取りの本を立ち読みしたのですが、旅立った後の猫と最長2日は一緒にいられることを知り、愕然としました…。

 

わたしは、一刻も早く可憐と離れないと

ならないと思い、すぐ火葬してしまったのです。

可憐とは、たった4時間ほどしか一緒に

いられなかったのです。

 

ケージに閉じ込めた後悔とさっさと火葬してしまった後悔で胸が締め付けられ、立っているのもやっとの状態でフラフラと書店内を歩きましたが、どうにも

耐えられないので、少し早めにクリニックに戻り、ドアの前にしゃがみ込みました。

 

そのうち、診察時間になり、待合室に入りました。

わたしの診察の番になり、診察室に入るなり、堰を切ったかのように

 

「先生、わたし、どうしたらいいのか分かりません」

 

と何度もいいながら号泣してしまい、

先生を慌てさせてしまいました…。

 

少しずつ事情を話すと先生は

 

「寿命だと思いなさい。

 そしてまた小さいかわいい猫を飼いなさい」

 

とおっしゃってくださいました。

 

悲しみを抑える漢方と

「頓服として飲みなさい」

精神安定剤を処方していただき、

調剤薬局ですぐ精神安定剤を服用しました。

 

今夜のライブは隣の駅だったので、フラフラとした足取りでゆっくり向かいました。

 

その時は、

「わたしなんていなくなればいい」

「手でも足でも切られた方がましだ」

と思うほど自分を責めていました。

 

親友と合流し、彼女と話しているうちに

いつもの自分を取り戻し、ライブも心から楽しめました。

ライブ中は、今まで感じたことのないような穏やかな気持ちでした。

 

ライブハウスでお隣に座った方がウサギを飼われていて、ウサギが旅立たれた後、

 

「自分は道の駅だと思っている。あちこちの道の駅に立ち寄ってまた自分のところに戻ってきてくれる」

 

そして、

「旅立った子とそっくりな子がやってきたんですよ」

とお話ししてくださいました。

そのお話がどんなにありがたかったか…。

わたしと同じ思いをした方の言葉は全身に染みわたりました。

 

土曜、日曜、月曜(自身の誕生日のため計画休暇)と3日間休みました。

一日中部屋に閉じこもらないようにお線香立てを買いに行ったり、予約していたネイルサロンにも行きました。

 

時々、あの後悔の発作がやってきましたが、処方してもらった薬を飲み、TwitterFacebookでの書き込みに反応していただいた事を励みにしつつ、親友や会ったこともないネット上での友人にメールで話を聞いてもらいつつ、なんとかここまで来ることができました。

みなさま、本当にありがとうございました。

 

あと可憐を連れ帰った動物病院に電話をしてお礼を言っておきました。

院長先生は覚えてはいませんでしたが…。

20年前のことですから、当然ですけどね。

 

わたしの2つの後悔はなくなることはありません。

 

でも、翌日には、

「絶対に可憐はまた姿を変えて戻ってくる、私のもとに戻ってくる」

と思えるようになったのです。

 

 

生きている限りは、誰しもいつかはこの日がやってきます。

 

わたしも可憐の後脚が動かなくなった頃から覚悟は決めていたつもりでしたが、

頭で考えていることと実際は全く違います。

 

後悔で自分を責めて悲しんでばかりいてはあなたが可愛がっていた子は浮かばれません。

天国に行けません。姿を変え、生まれ変わってまたあなたの元にやって来れません。

 

そして、同様に全く後悔をしないで送り出すことはできないと思うのです。

でも、精一杯お世話して、楽しく遊んで、愛することはできます。

 

あなたと今、一緒に暮らす猫ちゃんやワンちゃん達があなたと一緒にいられて幸せだったと思って旅立って行けるように、一緒にいられる大切な時を

楽しく幸せに過ごせるよう願って止みません。

 

長くなりましたが、

最後に

ペットシッター RaRaの小椋さん

浅草橋平和霊園の職員の方々に

深くお礼を申し上げます。

 

また、この記事のタイトル

この空を見上げたら」は、わたしの大好きな

鮎川麻弥さんの曲名を使わせていただきました。

 

わたしの誕生日に励ましのメールを

いただいたことも含め本当に感謝いたします。

 

 

生きていくための力を 君がくれた

柔らかな日射しのように

優しさという名の勇気 抱いて

見つめてくれたね ありがとう

 

この空を見上げたら 作詞・作曲 鮎川麻弥

アルバム「1984」収録より一部引用